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原爆資料館 被爆人形

2018年6月16日

広島市の原爆資料館に展示されている
「被爆再現人形」が、
2016年度に撤去されるらしい。
これは、同館の全面的なリニューアル
に伴い、行われるもので、
6月6日には撤去に反対する署名1700人分
が提出された。
10年7月に取りまとめた基本計画では、
「撤去または代替展示が望ましい」としている。
しかしながら、
被爆直後の悲惨さを伝えているので
理由がないなら、展示を続けて欲しい
との声が多く
人形が持つ「継承者」の役割の重要性
主張する人が圧倒的だ。
なぜ、撤去されなければならないのか?
「現実とは違う。現実はもっと酷い。」
「子供たちが怖がるから撤去する」
実際に原爆資料館の職員が言っていたそうですが、
酷いからこそ残すべきではないでしょうか?
これでは撤去する意味がまるでわかりません。
撤去決定後、
100組近い親子にガイドした男性は
「驚いたり怖がる子供もいた」
「こんなひどいことがあったんじゃよ。
よう見て帰るんよ」

そう話しかけると
子供たちは真剣に聞き入っていたといいます。
怖いのは当然で、実際その時代に生きてきた人の
「二度とこんな事は起こしてはならない」
というメッセージが込められている。
大切な資料館の展示品だと思いますが・・。
※「広島」「長崎」に原爆が投下された理由
長い論戦
復活、削除されたりしていたようです。
最初の二発の投下候補は広島、小倉、新潟、長崎だった。
「戦後の対ソ連関係」を軸に考えて、
「核兵器の実使用実験」
「戦後統治の有利さ」
「終戦の早さ」
などが検討されたようです。
結局この2ヶ所に落とされることになったようです。
⇒京都に原爆を投下せよ―ウォーナー伝説の真実
⇒広島:原爆投下を決定した人々
※アメリカのスチムソンが原爆投下決定した。
当時、「暫定委員会」の委員長を務めていた彼は
戦後、原爆投下に対する批判を抑えるための
「原爆神話」を生み出した。
「原爆投下によって、戦争を早く終わらせ、
100万人のアメリカ兵の生命が救われた」と
表明(1947年2月)
これが原爆使用正当化の定説になったとされています。